日本における母子家庭と貧困者

 私は母子家庭に生まれた。一人っ子だった。俗に言う貧困家庭だったと思う。といっても食べるものに困るほどの貧乏ではなかった。おもちゃを買ってもらえないとか、学校用品がお下がりだとか、旅行にいけないとか、普通の人よりは贅沢ができないという程度だっただろうか。父は最初からいない。理由は離婚と聞いているが詳しくは知らない。

 母には結構ひどい目に合わされた。昔だったら躾という一言で終わっていただろうが、ほかに家族がいない私には拷問だったと思う。母はきょうだいがいて末っ子だったようで(これまたよく知らない)、割と甘やかされて育った人間だったのだと思う。人を育てるということができないようだった。

 私は放置されて育った。といっても食事などは与えられていたし、買い物も連れていかれて、ニュースで見るようなネグレクトとは全く違う。しかし母から何かを教えてもらうことはほとんどなかったように感じる。母は仕事で家にいないし、いれば掃除などで邪魔な扱いを受けていたので、あまり覚えていないものの、現在の自分の性格から分析すると、明らかに一人でいる時間が長かったのだと思う。食事のマナーなどは教えれずに違っていると叩かれて仕込まれたと思う。とにかく何かを教わるということがなかった。母の様子を見て、それが正解か、不正解かを考えなければいけなかったようだ。

 私は常に考えていた。それは命を守るためだったし、母というたった一人の家族に嫌われたくない、怒られたくない一心であったのだろう。大人になると周りの人間があまりに思考をしないので驚くことがあった。まるで何も考えていないように見える。私の言うことは誰にも理解されない。およそ私の思考の10%未満だろうか。人の10倍は考える大人になった。

 母はどこでインプットされたのか、子供には高校までは行かせなければいけないと思っていた。それが幸いして高校までは母によって行かせてもらうことができた。しかし大学は奨学金制度があってもダメだと言われた。母はもちろん、高校の担任も貧しさを理由に相談すら受けてくれなかった。

 母子家庭が貧困であるのは日本では比較的常識的で、報道もあったりして母には優しい社会だと思う。女手一つで子供を育てて・・・なんてかっこいい言い方もある。が、一方で子供のことは誰も考えていない。ほとんどの人が母を支えれば家庭は成り立つと思っているようだ。ではその母が子育てをする人格を持っていなかったらどうだろうか。誰も想像していないのだと思う。

 だからたまに子供が死ぬことがある。母によって殺されたり、放置されて餓死したり、捨てられたりしているらしい。たまにニュースで見る程度だからよく知らない。強く言いたいのは、社会は母しか守らない。母が子供を守らないと言うことは、本質的に子供は一人で生きていくことになる。周りを見て学習し、考え、自分で決め、行動して行かないといけない。それもノーヒントで。

 さてそれがどのくらい大変なことか、普通の家庭に育った人間には理解できるだろうか。無理だろう。絶対に分かるわけがないと思う。幼少期に親に殺されてしまう子供はまだ幸せだと思う。はっきり言って生きることの方が辛い。親に虐げられ、家庭内の教育を受けず、誰にも理解されず、相談すらできず、一人で大人になって行く子供が、どれくらい苦しい人生になるか。これはその子供にしかわからない。分かるわけがない。

 社会は子供が親に殺された時、どうして救えなかったんだと初めて問題視するが、真に問題なのは生き残された子供なのだと私は思う。

 私は家を出て自分で選択して人生を歩み、10年かかって進学し、勉強し、やっと普通の生活を手に入れた。多くの人が持っている普通の生活だ。これに10年の歳月を費やした。こんな当たり前のことに10年もかかったのだ。それは明らかに私の家庭が異常であったからに違いない。

 そして普通の生活を手に入れても、自分が生きていることが幸運とは思えない。

 おそらく一生変わらないと思う。

 親に虐げられた人間は、自分を不要な存在と刷り込まれて育つ。その潜在意識は極めて強力で、これを直すことはかなりの年月を費やすことになる。あるいは不可能である。これから生きて行く長い年月を、自己否定を繰り返しながら耐えていくのである。

 一般論として、親とは、家族とは大切なもので、大事にしないといけないとどこかで習ったし、年配者にはそう言われる。そう言う幸せな人たちには悪いけれど、それは親を憎む必要のない幸運な人たちに限定されることであって、私たちのような人間には適用されない。そんな綺麗な話は何も知らない人たちに限られたことなのだ。

 私は今でも母に問いたい。

 なぜ産んだ。なぜ殺さなかった。

 今でも良い。一人の命を造ってしまった責任として、母の責任として、子供である私を殺すべきだ。

 私は一般的な倫理・道徳感を持っている。だから恨んだとしても母を殺めるようなことはできない。そして私は一介の医療者であるから、母が病気になれば救わねばならない義務を持っている。残念ながらそれを選んだのだ。そして残念ながら、私は自然に時が来るまで死ぬことができない。私には私を待つ患者がいる。その患者とは、全ての人間であると思う。

 そして私を虐げた仇である母であったとしても、他人を病気に誘うことはできない。そういう道を選んだ。だから永久に問うことはできない。復讐は叶わない。

 それは私の意思であった。私は非常に深く思考をして育ったから、倫理・道徳感も普通の人よりもおよそ遥かに高いようである。これもまた私を苦しめる原因なのであろう。

 そもそも私が医療者になったのは罪悪感からである。私は母に、お前さえ生まれて来なければ、と言われたことが何回かあった。本人は毎日そんなことを考えているわけではないのだろうが、孤独な少女だった私には絶対的な意見であった。そしてそれは刷り込まれ、私の潜在意識の中に今でも強く根付いている。同時に、そう刷り込んだ母を憎んだ。今でも憎い。許し難い。だが一般論では親を憎むことはいけないことだ。だから誰にも共感されなかった。子供は親を大切にして、親孝行しないといけないと、これまたどこかで教わっていた。でも私には生涯それができない。適当な距離を保ち、自分の身を守り、母が死ぬのを待つことしかできない。たった一人の家族である母が死ぬのを。それは罪であると思った。

 源氏物語ではないが、生まれながらにして罪を背負う子供がいる。何も悪いことをしていないのに、何の犯罪も犯していないのに、ただ生まれただけでそれが罪なのだ。好んで生を受けるわけではないのに。そして私が負った罪を償うには、母への孝行は不可能である。だからできるだけ多くの人間に介入して、救わなければいけない、それは医療しかない、と思った。

 進学して医学を学んだが、それ自体も償いであった。苦しみ、もがき、必死に学んだ。誰よりも命がけであった。

 トラブルに巻き込まれ警察の世話になったことがある。私は被害者であった。警察は私の命を守るために社会から閉鎖された施設を案内してきた。だが私は学校があったので、学校をやめるくらいなら死んだほうがいい、と言って断った。こんな考えを持って学んでいる人間が他にいるだろうか?

 そこまでして私はやった。それが使命だと思った。

 だが終わってみると、その使命も終わりだと思う。もう償いは終わった。そんなことする必要もなかったのだ。母は仇だっただろうか。わからない。ただそぐわない相手だっただけなのだろう。

 ここまできてようやく、自分と戦うことを終わらせることができたと思う。束縛から逃れられたように感じる。

 一方で、これからどう生きていけばいいのかわからない。

 償わなければ、その一心で生きてきた。いろんな苦しみを得たし、乗り越えた。精神病にもなった。自殺未遂もした。でももう全部やり遂げた。苦しいことは全部終わらせてしまった。

 末期の患者を見ていて思う。私と同じだ、と。戦って、終えて、穏やかに死を待つのだ。怯えることもなく、苦しむこともなく・・・。何もわからずに、ただ心臓が動いているだけ。

 生と死の間には時間がある。生の直後に死が訪れるわけではない。生きている時は、人間は痛みを感じる。感情的にもなる。でも生と死の間には、痛みも感情も無い。その時間は人それぞれで、数年の人もいれば、1分、10秒の人だっている。状況と症状によるわけだ。

 ある意味で私は生を終えたのかもしれない。もう苦しいことは全部終わった。これから生と死の間を、ただ穏やかに半世紀も過ごすのだろうか。そういう捉え方もできる。

 社会は母子家庭の孤独な子供を救うことはできるだろうか。

 そんな孤独な子供を認識することができるだろうか。

 透明な子供を。

 

 

 私は幼少期に母子寮に住んでいた。公営の施設で、貧困家庭を入居させている寮だ。私は虐待を受けていたにも関わらず、誰も私が苦しんでいるということに気づかなかった。だから数年前、手紙を書いて送った。

 2度と私のような子供を生み出さないで下さい、と書いた。それが精一杯の復讐だった。

 こんな子供が排出される施設なんて無い方が良い。だったら子供と母を隔離した方がまだ良い。母の味方はいても、子供の味方はいない。子供は透明なのだ。

 

 だが今となれば、そんなことに意味があったのかどうか、わからない。そもそも、私が償いのために医療を選んだことすら、正しかったのかどうか、わからない。ただ一つ言えるのは、その時の私にはそれしか考えられなかったのだ。

 

 医療に来る人は基本的にみんな金持ちでエゴの塊のような人間だ。自分は人を助ける人間で、感謝されるに相応しいと思っている。だから余計な薬を与えたり、余計な治療を施したりする。患者の方も医療者はかっこいいと思っているから、それに従う。正しさなんて誰も考えていない。

 人間の学術名は「考えるヒト」だと聞いたけれど、「他の生物よりも、比較的考えるヒト」に改名した方が良いと思う。人間が思っているほど、多くの人間は考えていない。

 

 時々、自分は人間でないのではないかと思う。あまりに周りのヒトという生物と違いすぎるからだ。ヒトは私に比較してあまりに考えていない。あまりに短絡的である。

 では自分は何であろう?

 生物学的分類は人間である。でも大きく違う。何かが大幅に違っている。

 私は何でもないのかもしれない。私はやはり、母が言ったようにヒトの世界では不必要で、今でも透明な子供なのかもしれない。

 

 だがそれでもいい。もう全部終わったのだから。

 あとは老いて、生物学的な死を迎えるだけだと思う。半世紀かけて。

 

 

 日本にいる透明な子供たちが、穏やかに生と死の間を過ごすことを願っている。